2012年4月30日月曜日

SPM資料室 走査型プローブ顕微鏡 島津製作所 : 株式会社島津製作所


SPMについて概要を教えてください。
微小な針で,試料をかすかになぞって形状や性質を調べる,新しい顕微鏡です。

SPMの概要

 走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)は,先端曲率が数10nm程度の微小な探針(プローブ)を試料表面に近づけて,試料-探針間の力学的・電磁気的相互作用を検出しながら走査し,試料表面を三次元的に観察する顕微鏡の総称です(下図参照)。 走査プローブ顕微鏡,プローブ顕微鏡,SPMといろいろな呼び方があります。 AFMとは,原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope)のことで,最も基本となるSPMの代表格です。 さらにSTMとは,走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope)のことで,探針-試料間に流れるトンネル電流(至近距離で働くトンネル効果により非接触でも流れる電流)を検出して動作するSPMの一種です。

 STMは特に超高真空中で原子分解能を誇りますが,反面,導電性の無い試料は観察できない,大気中では試料表面の汚染にたいへん敏感である,などの留意点があります。 一方,AFMは試料-探針間に働く力(引力のときも斥力の時もあるが力の正確な把握は難しい)を検出するので絶縁物試料も対象になり大気中でも観察しやすいという特長があります。 そのため,一般にはAFMが広く使用され,市販SPM装置もAFMを基本動作とするものが大多数です。 AFMを大別するとコンタクトモードとダイナミックモードに分類されます。 さらに,試料-探針間に働く他の相互作用を同時検� �することで,三次元凹凸形状だけでなく,試料表面の各種物性を画像化することができるようになってきており,それらを合わせてSPMと呼びます。 SPMに多くの種類が考えられることを念頭に,検出物理量としてXを当ててSXMと言うこともあります。

 SPMは,1980年代に発明された歴史の新しい装置です。 STMが1981年,AFMは1986年に発明されています。 STMの発明により超高真空中でSi(111)の7×7構造が実空間像として明瞭に観察されました。 その功績に対して発明者のビニッヒ,ローラーら(IBMチューリッヒ)にノーベル賞が授与され,一躍有名になったことは記憶に新しいです。 SPMは従来の光学顕微鏡や電子顕微鏡と異なるビームやレンズによる縮小拡大を使用しない変わった顕微鏡ですが,特定の条件と試料に対して原子・分子� �見分けることができ,拡大能力では透過型電子顕微鏡に並びます。 大気中や溶液中で使用できるのも大きな特長です。 今後も,ナノテクノロジー研究に必須の顕微鏡装置として一層の応用の拡がりが期待されています。


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SPMの基本原理を説明してください。
微小な針を持つカンチレバーの反りや振動を検出して,試料形状や表面物性を観察します。
 SPMには,磁気力(MFM),表面電位(KFM),水平力(LFM)など派生する機種も多数ありますが,最も基本となる原理は,原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)です。

 AFMでは,カンチレバーと呼ばれる,探針が形成された片持ち梁(梁の一方が固定され,他方が固定されていない梁のこと)を力検出に使用します。カンチレバー先端の探針と試料との間に働く微小な力(原子間力)によってカンチレバーの反りや振動が変化します。その変化を,カンチレバー背面に照射したレーザ光の反射により感度良く検出します。同時に,カンチレバーまたは試料のいずれかは,ピエゾ素子を用いたスキャナにより三次元的に精密走査・制御されます。一般に,カンチレバーは試料表面上(XY平面)を走査しつつ,反りが一定(コンタクトモード),または振動が一定(ダイナミックモード)になるように,試料からの距離(Z高さ)をフィードバック制御します。
 走査のそれぞれの位置(X,Y軸)に対応したZ軸のフィードバック量(スキャナへの出力電圧)を計算機に取り込み,三次元画像として再生処理することにより,試料表面の三次元凹凸像(試料表面の形状観察像)を得ることができます。凹凸像は,濃淡表示や疑似カラー表示,三次元鳥瞰図で表現され,画像解析処理(オフラインソフトウェア)で,任意の断面形状を解析したり,面の粗さ解析を行なうことができます。SPMの基本構成を上図に示します。

  島津のSPM機種では,基本となるAFM凹凸像と同時に,電流や電位,硬さや粘弾性など試料表面の物性情報を反映した信号の画像を取得することができるようになっており(一部,オプション),各種のSPM手法が利用できるようになっています。

コンタクトモードとダイナミックモードの違いは何ですか?  
カンチレバーの反り具合を検出する手法がコンタクトモードで,カンチレバーを振動させる手法が
ダイナミックモードです。

 AFMの動作モードにはいくつかの種類がありますが,おおまかに,コンタクトモード(DCモード,静的モード)と,ダイナミックモード(共振モード,ACモード,動的モード)に分けられます。

マイカの原子像
(デスク型空気ばね式除振台使用)


ブレードの数は、風車に影響を与えません
 コンタクトモードは,Q1-2 の基本原理に示すもので,カンチレバーの反り具合から静的な原子間力を検出します。カンチレバーを試料表面に近づけると,微小な斥力によって,カンチレバーがたわみます。その斥力が一定,すなわちカンチレバーのたわみ(反り具合)が一定になるようにフィードバック制御を行ない,そのフィードバック量を計算機に取り込み,表面の凹凸を画像化します。斥力一定なことから,力一定モードとも呼ばれます。原理的にシンプルであり,使い勝手も良く,従来はAFMでは最も標準的なモードでした。分解能も高く,下図のマイカのような原子・分子レベルの観察は,このモードで行うのが一般的です。
 大気中コンタクトモードでの観察中は,探針が試料表面の吸着水膜(コンタミ層)に浸かっている状態で走査しています。このため,カンチレバーは試料からの斥力以外に凝着力(メニスカスフォース)の影響を受け,横に引きずり線のようなノイズが入った画像が得られる場合があります。このため,動きやすい試料,柔らかい表面の撮像には不向きです。

 ダイナミックモードは,カンチレバーに縦方向の励振を加え,共振周波数付近で振動させます。この状態でカンチレバー先端の探針が試料に接近すると,振幅が変化します。この現象を利用して振動振幅が一定になるようにフィードバック制御を行ないます。走査時に探針が試料を引っかくことが少ないため,動きやすい試料や吸着性のある試料に向いています。また,ダイ� ��ミックモード用カンチレバーはコンタクトモード用と比べてバネ定数が大きく硬いため,静電気の影響も受け難くなっています。位相モードを使用すれば,凹凸形状観察と同時に位相信号が得られることも特長です。最近では,ダイナミックモードがAFM手法のなかでも標準的なモードになっています。
 以下が,両モードの比較です。

コンタクトモードとダイナミックモードの比較

1.位相モード(Phase)

ダイナミックモードにおいて,正弦波であるカンチレバー振動の検出信号の位相が,もともとの加振信号の位相に対してどれだけ遅れたかを検出します。この信号から,試料表面の特性の違いを画像化することができます。試料表面の特性によってカンチレバー振動の位相が遅れるという現象は,歩く時に泥濘(ぬかるみ)に足を取られる現象と似ています。足の取られ方で,地面(試料)の性質がわかるという原理です。

2.フォースモジュレーションモード(粘弾性,Force Modulation)

コンタクトモードで走査中に,試料を一定の振動数で高さ方向に振動させ,探針を試料に押し込み,その応答をカンチレバーの振幅と位相の遅れに分離して検出します。これらの信号から,試料表面の粘性や弾性といった物性の違いを画像化することができます。

3.電流モード(Current)

コンタクトモードで走査中に,探針と試料との間にバイアス電圧を印加し,その間に流れる電流を検出して,その面内分布を形状と同時に画像化する手法です。試料の局所的な抵抗率を反映した画像が得られます。


なぜ空茶色です。
4.磁気力モード(MFM)

尖端が磁化された探針を共振周波数付近で振動させ,試料から一定の距離だけ離れた位置を走査させます。この時,試料表面からの漏洩磁場により,探針は斥力または引力を受け,カンチレバーの「振幅」および「位相」が変化します。この変化量を検出することで試料表面の磁気情報を画像化できます。この観察法はMFM(Magnetic Force Microscopy:磁気力顕微鏡法)と呼ばれています。

5.表面電位モード(KFM)

導電性のカンチレバーに交流電圧を印加し,探針と試料との間に働く静電気力を検出することにより,試料表面の電位を測定します。この観察法は一般にKFM(Kelvin Probe Force Microscopy:ケルビンプローブフォース顕微鏡)またはEFM(Electric Force Microscope:電気力顕微鏡)と呼ばれています。

6.水平力モード(LFM)

コンタクトモードにおいて,カンチレバーの長手方向に対して垂直に走査しながら,探針と試料との間に働く水平力(摩擦力)を,カンチレバーのねじれとして検出し,画像化します。この観察法は一般に,LFM(Lateral Force Microscopy:水平力顕微鏡),またはFFM(Friction Force Microscopy:摩擦力顕微鏡)と呼ばれています。

7.フォースカーブ(Force Curve)

探針と試料との距離を変えながら,探針に働く力(=カンチレバーのたわみ量)を測定してグラフに描画する手法を,フォースカーブ測定と呼びます。試料の吸着力や,緩和力の測定に応用されます。また,カンチレバーの詳細な選定や特性のチェックに用いられることもあります。

8.ベクタースキャン(Vector Scan)

探針を,試料表面上で任意に動かすことにより,試料に字や模様を描いたり加工を行なうモードです。機械的に彫っていく手法と,陽極酸化を利用した電気的な手法があります。ナノリソグラフとも呼ばれます。

SPMの位相モードから何がわかりますか?教えてください。
試料表面の物性の違いを画像化することができ,とくに高分子材料での粘弾性分布の観察に有効です。

 ダイナミックモードAFMと同時に多用される位相モードでは,カンチレバーの振幅(A)と,カンチレバー振動の検出信号の加振信号に対する位相の遅れ(δ),Asinδ,Acosδの4つの信号を取得できます。これらの信号から,試料表面の物性の違いを画像化することができます。とくに高分子材料での粘弾性分布の観察に有効です。その一例を下図に示します。表面形状像(左)では不明瞭ですが,位相像(右)では素材による物性の差が明瞭に相分離して観察されています。

ブレンドポリマー(コポリマー)の形状像と位相像

ゴムのブレンド構造を鮮明に撮像した画像例です。このように,位相モードは非常に有用な検出手法です。


ゴムのブレンド構造

 振幅(A)と位相(δ)は,AcosδとAsinδの信号から計算することで得られます。一般にAcosδは弾性成分の支配的な画像に,Asinδは粘性成分の支配的な画像になりますが,一概に言い切れないこともあります。位相(δ)は粘弾性像(粘性と弾性の混ざった像),振幅(A)は偏差像と同じ意味を持ちます。また,位相やAsinδ,Acosδには表面形状の効果が重畳することもあります。
 位相(δ)信号は,角度の単位[deg]で表わすことができます。ただし,これらの数値は絶対値ではなく,同一画像内での相対的変化量を示します。したがって,これらの撮像データは定性的であり,一般には異なる画像間での直接数値比較はできません。

位相モードで得られる各種信号

SPMの分解能はどれくらいですか?
SPMの分解能の定義は,複数(理論分解能,制御分解能,画像分解能)あります。多くの装置は,公称分解能として水平:0.2nm,垂直:0.01nmを示していますが,これは理論分解能のことです。
 SPMの分解能の定義は,他の顕微鏡の空間分解能の定義(二点識別分解能など)とは異なります。0.2nmや0.01nmという原子・分子サイズと同等か,それ以下の寸法となる規準試料(ものさし)が存在しないためです。学術的には,Atomic Resolution(原子分解能)という表記が好まれます。SPMの空間分解能を議論する場合,理論分解能,制御分解能,画像分解能に分けて考える必要があります。多くの装置が標榜するSPMの公称分解能は,水平:0.2nm,垂直:0.01nmですが,これは理論分解能のことです。

(1) 理論分解能(※)
 以下に,理論分解能の算出法について説明します。まず,It=∝exp(-Z/L)という仮定をします。ここでIt:検出物理量,Z:プローブ先端から試料表面までの距離,L:減衰距離を意味します。この仮定のもとで,面内分解能をδx,高さ分解能をδz,nをSignal to Background ratioとすると,
 δz =L/n,δx =√{δz(2Z+ΔZ)}
となります。ここで一般的な数値として,Z=1nm,L(減衰距離)=0.05nm,n=5,を代入し,探針尖端の曲率半径を十分小さいと仮定すると,δx=0.2nm δz=0.01nmという理論分解能が得られます。
(※)文献:原子・分子のナノカ学 森田清三 編著 丸善

(2) 制御分解能
 制御分解能とは,デジタルで制御されているシステムの1bit当たりの最小駆動幅(Minimum Step Width)です。制御分解能はスキャナの走査範囲とデジタル制御の精度(ビット数)に依存します。例えば,島津製作所のSPM-9600を例に取ると,その装置性能としては,Z(高さ方向)軸制御電圧分解能:26bit, XY(面内)軸制御電圧分解能:16bit,となっています。これを標準スキャナ(XY:30μm□max,Z:5μm max)に導入すると,XY軸分解能:0.076nm,Z軸分解能:0.00006nmとなり,十分に理論分解能を超える制御性能を有していることがわかります。海外メーカなどでは,制御分解能を装置分解能と謳っていることがあり注意を要します。実際の分解能向上には,アナログ系の性能も重要であり,測定系のノイズレベルが原子分解能を導出する上で十分に小さい値であることが必須となります。


3) 画像分解能
 実際にSPM装置で取得したデータでAtomic Resolution(原子分解能)と言われるのは,層状結晶(マイカ,HOPGなど)の劈開面をコンタクトモードで取得したデータが多いです。試料を層状に劈開することで原子的に平滑で清浄な表面が出現し,原子的な寸法の格子周期像が得やすいためです。下にマイカ劈開面の,いわゆる原子像を示します。この格子寸法(5.2Å)がX線回折などで得られる格子定数と一致することから,原子像と呼ばれています。この像の解釈は,清浄な試料原子の並びと探針尖端の原子の並びが,一種のモアレ縞またはスティックスリップ現象によって周期的な信号を生成するためと考察されています。探針尖端がこの周期の凹みに入って行けるわけではなく,あくまでも並びの周期が見えているに過ぎないことに注意が必要です。最近では,FM-AFM(周波数変調型 AFM)の応用によって極限まで高感度化した装置を用いて,真の原子分解能(True Atomic Resolution)を得ようとする研究が続けられています。



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