2012年4月21日土曜日

熱血解説!松本大洋の世界



【発表年代順・作品レビュー※発表時の作者の年齢付き】

●ZERO('90)23歳

 

「何もボクシングが全てって訳じゃないさ。ゴシマみたいにならずに済んだことを神に感謝するんだな、カーチス。」(上巻)
「あなたはいつだって正しい事を言う。今までも…たぶんこれからもね。だけど僕はあの人を信用するよ。あなたの言う悪魔に付いて行く。」(下巻)
「花が種を作るのであれば…奴はたぶんこの試合を最後に…」(同上)
「良く立ったぞトラビス!一緒に行こう。素晴らしい所だ…もっと強くっ。もっと高くっ。」(同上)
「殺せ!彼もそれを望んでいる。」(同上)
「そうさ、普通じゃない。開放されたんだよ。素晴らしい試合だ。」(同上)
「ずっと一人だった。この10年間ずっとだ。そんな息子にもやっと友達が出来てな。日が暮れるまで思い切り遊んでこい。親ならそう思 うだろ。」(同上)

現在刊行されている松本マンガで最も古い作品。この狂気をはらむ美意識が刻まれた作品を23歳で描き上げたとは信じられない。主人公は10年間無敗のミドル級チャンピオン五島雅。孤独な五島は失うものが"ゼロ"ゆえに最強だ。しかしそんな彼も30歳を迎えて体力の衰えを感じ、リングの闘いを通して、花が散る時のように"種"を相手の魂に残そうとする。下巻ではまる一冊を使って凄絶な一つの試合を描ききった。五島とトレーナーの父子のような愛、そして五島の魂が子供のように開放されていくクライマックスが素晴らしい。版画のように明暗が強調された筆致も、リング上に炸裂する気迫を表現するのに高い効果を上げていた。

【ネタバレ文字反転】
孤独な五島にとってトレーナー� ��荒木は肉親同然。それまで凶暴だった五島がリング上で童心に戻り、ボコボコに膨れあがった顔で「ハイッ!」と嬉しそうに返事をする場面は、親に誉められた子供のようで泣ける。ラストの「花がいい…次、生まれる時は花がいい…そうしたら荒木、お前は隣に咲いてくれ…」は、どれほどこの2人が魂レベルで結びついているのかが分かる、心を揺さぶる名セリフだ。

※前作の野球マンガ『ストレート』は絶版であり、氏が「絶対に復刊しない」と断言していることから(一説によると遺言にも「絶版厳守」と明記するらしい)、ZEROが今後も松本作品の入口になるだろう。
※作品中のスポーツ紙の見出し「廃人工場 五島」って凄いインパクトがあるね。
※僕は30代でこれを読んだので、冒頭の「こいつも来年� �30か…さすがに…老けたな…」に、グサッとダメージを受けました(笑)。

●花男('91)24歳※はなおとこ

 


松本作品の中で最も笑いに満ちた楽しい作品。江ノ島が舞台。大人びたハードボイルドな小学3年生・茂雄(8歳)は、ガリ勉で自己中心的な子供。幼い頃に父と別れ母親と暮らしている。母は茂雄が父のことをよく知る必要があると思い、夏休みを父と暮らすよう言いつける。果たして、父親の花男(はなお)は30歳になるというのに、精神年齢は子供のままだった。巨人入団を本気で夢見ており、朝から晩まで野球の話ばかり。大人のような子供と、子供のような大人の共同生活。当初、茂雄にとって父は恥ずかしい存在でありイヤイヤ暮らしていたが、やがて素朴で裏表のない花男の言動や、全て� �島民から愛されている様子を見ているうちに、父の素晴らしさに気付き始め、子供らしい無邪気さを取り戻していく。ただ一心不乱に夢を追い続ける大人の姿は、最初はいささか滑稽に見えても感動を生んでいく。
松本マンガは速読を許さない。本作はどのページを開いても余白がないほど動物や不思議キャラ(河童、浦島太郎、モアイ、天狗、ピノキオetc)で埋まっており、作者のイマジネーションが極限まで開花している。

※第21話『沈黙』は授業参観の騒動を描いた笑える回なんだけど、なんとセリフが一言もない!キャラの表情と動きだけで魅せきった意欲的な試みだ。
※タイトルはエレファント・カシマシの1stアルバムのタイトル『花男』が由来。
※花男が12年間巨人に要求していた"莫大な要求"とは長嶋の� �番号「3」。
※現在、作者は江ノ島で暮らしている。

●青い春('93)26歳

 

「だけどちょっと格好良いぜ、あいつ。十二回たたいたんだ。踊り場のコンクリで頭割るまでたたき続けたんだ。十二回だぜ、九條でも破れねぇ、そうだろ?」(『しあわせなら手をたたこう』)
「俺の夢枕に昨日ジミ・ヘンが立ってさァ、俺に豆腐屋やれってさ。」(『ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ』)

7本の短編が収められた作品集。青春時代のやり場のない閉塞感が全体に漂い、読んでて窒息しかけた。中でも、校舎の屋上で柵の外につかまり、手を何回たたけるかを競う"ベランダゲーム"が出てくる『しあわせなら手をたたこう』、生きている実感を求めてロシアン・ルーレットをする『リボルバー』、底の浅い友人にイラついてトイレで刺し殺してしまう『ピース』は、主人公の崖っぷち感がヒシヒシと伝わってきた。僕が一番好きな短編は、コミカルな『ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ』。5人の悪ガキがファミレスでくっちゃべってるだけなんだけど、各々自分勝手に話しているので全く会話が噛み合わず、ファミレスの一角にカオス・ゾーンが出来ている(笑)。セリフがぐちゃぐちゃ� �交差している様子は、それだけでエネルギッシュ。タランティーノの映画『レザボア・ドッグス』冒頭シーンのオマージュかと思いきや、この短編の方が映画の公開より半年前に描かれていた。
この本で強く印象に残ったのは、校舎のあちこちに描かれた落書き(救難信号)。悩める若者たちの魂の叫びが随所に書き殴られている。『ピンポン』のトイレの落書きよりも生々しい。ドサクサに紛れて作者が従兄弟の漫画家・井上三太に描いた「三太!俺に口止め料払わなくていいのか?あの事言うぞっ。T.M」という落書きまであった(笑)。

※「どれだけ情熱を燃やそうと、血潮をたぎらせようと、青春とはやはり青いのだと僕は思います」(松本大洋)
※短編『鈴木さん』(91年)に出てくるヤクザ"鈴木"は、3年後に『 鉄コン』で宝町を締めるヤクザとして再登場する。

●鉄コン筋クリート('94)27歳

 


単行本の帯コピーは"新世紀痛快悪童漫画"。純真無垢でおっとりしたシロと、頭の回転が速くケンカに強いクロという2人の子供が、互いに足りない部分を補いあってたくましく生きる姿を描く。舞台は架空の街・宝町。彼らにとって宝町は自分のシマ。街並みを変えようとするヤクザや外部の企業から宝町を守るべく戦う。主役の2人以外にも存在感のある個性的なキャラが多く登場し、中でも昔気質のヤクザの鈴木(ネズミ)や、当初は冷めた人間だったがシロとの交流で優しくなっていった新入り刑事の沢田は、物語をより深める名脇役だ。鈴木と舎弟・木村の"別れ"は作品を代表する名シーンのひとつ。アクション� ��ーンも盛り沢山で、朝夜兄弟との対決やチョコラ救出バトルは07年に公開された映画版でも盛り上がった。
1巻では様々な看板でゴチャゴチャしていた街並みが3巻では個性のない無機質な建物ばかりになっており、背景でも時の流れを語っている。シロは幾つも腕時計を巻き、被り物にもこだわり、ファッションセンスは松本キャラの中でピカイチ。

※今では信じられないけど連載時は打ち切りの憂き目にあったようで、後半のイタチのエピソードがやや観念的になってしまった。"痛快悪童漫画"なので、是非当初の構想にあったという、イタチVSシロ・クロの一大バトルを『アナザー・鉄コン』として描き下ろして欲しいッス!


シロが壁に落書きしないうに沢田が貼った紙(左奥)には、
「かいちゃダメ〜」「らくがきすんな〜」「ぜったいすんな」と必死の訴えが(笑)。

●日本の兄弟('95)28歳

 


どのくらいの蜂のために生きるのでしょうか?
「死んだらお前は何処へ行く?」「帰るよ。神に借りた五体を大地に返したらあの世へ帰る。(略)じき帰る」(何も始まらなかった一日の終わりに/ハルオの巻)

9本の短編が収められた作品集。死をテーマにした『何も始まらなかった一日の終わりに』3部作は得も言われぬ余韻がある。人形を抱いた"怒れる男"が登場する『日本の友人』は、電柱に書かれた町名がなんと"たから町"!そう、『鉄コン筋クリート』と同じ舞台だったのだ。

  背後に見える"たから町"の文字!

●100('95)28歳

 

松本大洋の89年から95年までのイラストを集めた画集。青い髪の少年と世界のつながりを描いたオールカラーの短編"earth""off TV""fly""moment""eat""loop""universe"も収録。
一番好きなのは"earth"で、少年が空に投げた骨を、青色の子供のカバ(動物)が追いかけながら6ページで地球を一周する。各地の風景と骨の浮遊感が素晴らしく、とても心地良い。

●ピンポン('96)29歳

 

「暇つぶしなんですよ。」「何が?」「卓球です。英単語覚えるのも…どうせ死ぬまでの暇つぶしです。」(第1巻)
「この星の一等賞になりたいの、俺はっ!!」(同上)
「ポンコツ校でせいぜい天狗になってろ、スカタン。」「ブランド校で3年間球拾いやるよりゃましだぜ、ハゲ。」(第2巻)
「静粛に願う!!彼に対する誹謗中傷は不愉快きわまりない!!」(同上)
「月にタッチして帰って来るぐれえ、わけなかったぜ。奇跡なんて言葉、知らなかったよ。」(第3巻)
「悔いだけは残したくなかったかんよ…醜態さらすの覚悟でな…カットなど試みてみたのだ。」(同上)
「浅瀬で溺れる馬鹿一人、俺が救った顛末だ。お前は沖にすら出ちゃいねえ。」(同上)

「恐れ入ったわ…どう� ��もならんよ。ほんに強かね。風間が欲しがるわけじゃ…」(第4巻)
「そこにいろムー子。少し泣く。…すぐ戻る。」(同上)
「オイラの体、どうにもうまくねんだな、これが…でもアンタ高い所飛ぶ選手だかんよ、うんと高く飛ぶ選手だかんね。オイラも背中に乗っけてもらって…飛ぶ。」(第5巻)
「自分の勝利は宿命だと、風間は信じている。それが必然でなければならないと…たぶん奴にとって、卓球は苦痛なだけなのだろう。そうゆう強さもある。」(同上)
「オイッ、小僧っ…!付け焼き刃の裏面、私に通じるなどと決して思うなっ。不快だっ!」「チクショー…かっちブーだなドラゴン、てめえ…愛してるぜ。」(同上)
「ふっ…笑止っ。」(同上)
「ペコなら楽しめるさ。」(同上)
「インパル ス走るっ!永久記憶不滅っ!反応!反射…音速!光速!」(同上)
「カザマには辛いな」「どうかな。ホシノのプレーは型にはまっていないよ、コーチ。卓球が好きで仕方ないという感じさ。そういう相手と一緒にプレーできるという事は…少なくとも俺は…」(同上)
「二人して最高の試合創るべ。愛してるぜ、ドラゴン…チュッ」「フッ…図に乗るな。」(同上)
「笑うとったぞ、今」「なんでや?」(同上)
「全身の細胞が狂喜している。加速せよ、と命じている。加速せよっ…加速せよっ!!目には映らない物、耳では聞こえない音、集中力が外界を遮断する。膨張する速度は静止に近い。奴は当然のように急速な成長を遂げる。反射する頭脳、瞬発する肉体…次第に引き離されてゆく…徐々に置いてゆかれる感覚� �優劣は明確。しかし、焦りはない。全力で打球している。全力で反応している。怯える暇などない。」(同上)
「此処はいい…此処は素晴らしい。」(同上)
「カッコ良かったぜ、ドラゴン。」(同上)

単行本の帯コピーは「274cmをとびかう140km/h、地上最速の球技、卓球!!」。それまで少しダサい印象のあった卓球が"史上最速の球技"という言葉でイメージが激変。実際、ページを開くと高速で飛び交う球の迫力に、のけぞりそうになった!卓球の天賦の才をもって生まれた、クールで生真面目なスマイル(月本)と、明るく自由奔放なペコ(星野)を中心に、2年連続でインターハイ個人王座に輝いたドラゴン(風間)、人一倍の努力家だが才能がないアクマ(佐久間)、中国で好成績を残せず日本で再起を賭けるチャイナ(孔)たち高校生の青春を描く。このマンガで心に響いたのは、キャラと共有する勝利の達成感ではなく、敗北した者への見守るような眼差し。点が入らない焦りや悲壮感が滲んでいる� ��手の顔が、完敗を悟った瞬間に、一転して穏やかな笑顔に変わる…これは『ピンポン』に何度か出てくる場面だ。心から卓球を楽しみ、全力で勝負できた時、勝敗など無意味に思えるほどの充足感があるんだと伝わってくる。素晴らしい演出!
『ピンポン』は是非全5巻揃えて、親から子へと受け継いで欲しい。とにかく無駄なコマがひとつもないし、良いセリフも次々と出てくる。試合シーンはマンガ(静止画)なのに、動画以上の躍動感とパワーがある。特に最終巻のペコVSドラゴンは複雑なコマ割りを駆使して、打球のスピードを見事に140キロまで引き出した。紙とインクで速度表現の限界を極め、2人の選手が到達した世界、彼らにしか見えない景色へ、遙かな高みに登っていくクライマックスは圧巻!絵柄が独特なので抵 抗感がある人も、2巻を読み終えた頃には身も心も作品世界にドップリ浸っている自分に気付くだろう!

※序盤は実力不明だったスマイルが、戦う前からライバルや小泉(顧問)のセリフでケタ違いに強いと分かる演出に唸った。
※海王の選手は九州弁の真田や関西弁の猫田がいて、全国からエリートが集まってるのが分かる。
※ペコはいつもお菓子を食べてるので、読んでて唾がわいた。コンデンスミルク(直飲み)、チョコボール、ポテチ、チュッパチャップス、ビスケット、"マンガみたいなアメ"etc。
※2巻でスマイルが戦った大鵬高校3年生江上。こんな超脇役まで内面描写があることに作者の優しさを感じる--「3年か…飽きっぽい俺にしたら続いたほうだ。根暗にコツコツ卓球やったよ。海、行くか?それ� �悪くねえ。早い夏だっ。」
※02年に映画化。

★映画『ピンポン』には一番好きな第2巻の名場面が抜けていた!
中国から日本にスポーツ留学してきた孔文革(コン・ウェンガ)が敗けそうになった時、一緒に訪日したコーチが激しく彼を怒鳴った--「終わりだぞ文革っ!!この試合に負けたら終わりだよ、お前は!!観光に来てるわけじゃねえぞコノヤロー!」。孔は死力を尽くして戦うが、それでも敗北が決定的になっていく。苦しさの中でコーチの顔を再び見ると、コーチは怒るどころか静かに微笑んでいた。孔は卓球後進国の日本でさえ、県予選で優勝できなかった。試合後に2人は語り合う。
(孔)「子宮から顔を出した時以来の衝撃だ。恐ろしく惨めな孤独が俺を包んでいるよ、コーチ。」
(コーチ)「� ��は…お前の人生は今始まったばかりだよ、文革。今やっと、スタートラインに着いた所だ。」
(孔)「俺はもう…卓球はもう…」
(コ)「卓球の話じゃないよ。人生の話をしている。」
(孔)「……」
(コ)「そして、これはコーチとして君に伝えるアドバイスではないよ。君を良く知る友人としての意見さ、文革。」
(孔)「ははっ…救われるよ。」
これを読んで、孔と一緒に僕も救われた。人生の懐はどこまでも深く、全てを賭けていたことに挫折しても、視野を広く持てばいつでも新しいスタートを切れるんだ。

●GOGOモンスター('00)33歳

 


雷が起動したとき、なぜ雷が付属していません
「1年生の時…スーパースターはすぐ傍にいて…いつだって僕のハモニカを聴きに来てくれたのに…今はもう奴らしか感じられない…奴らばかりだ」
「あの手の嘲笑や視線はすぐに慣れる。人間の適応能力は君が考えるよりずっと高いんだ」

松本大洋が約2年を費やして描き下ろした、450ぺージという辞典並みの長編(値段もドドーンと2500円)。作者が"締め切り"という拘束を気にせずペンを握った作品であり、複雑な構成は描き下ろしならではのもの。『花男』と同じく小学3年生の一年間を描いており、タイトルの軽快なイメージと違ってアクションは一切ない。主人公は使われなくなった校舎の4階に"奴ら"(モンスター)が棲み着いていると感じているユキ。他の生徒には見えておらず、周囲はユキのことを気持ち悪がるが、転校してきた同級生のマコト、用務員のガンツさん、段ボール箱を被っている謎の5年生"IQ"だけは、ユキの言葉に耳を傾けてくれる。本作品は読者への情報が少なく、細かい解釈は読み手によって異なるだろうが、� ��筋では「モンスターはユキ自身が心の内に作り出したものであり、感受性の強いユキは大人になることへの漠然とした不安をモンスターとして感じていた」といったところか。満開のヒマワリ、雨、ハーモニカの音、様々なイメージや心象風景を積み重ねることで、一人の少年の内面世界とその成長を描ききった。哲学的な作品ではあるが読後感は爽やかで、本を閉じた後も自転車に乗るユキとマコトと一緒に風を感じていた。

これまでにも子供が主人公の松本マンガはあったけど、この作品は従来より一歩先に進んだところにある。『鉄コン』のクロや『花男』の茂雄は、内面の成長に親友や肉親といった"他者"が大きな役割を持っていた。ところがユキは、基本的に自分1人の力で成長している。鏡となってくれる相手がいない� �だ(マコトとは少し距離がある)。現実社会には自分を変えてくれる友人に出会えなかった人も確実にいるわけで、その場合はユキのように自分で自分を成長させるしかない。ユキに強く共鳴した人にとっては忘れ難い一冊となるだろう。
本作はセリフが少なくナレーションもないが、作者いわく、多弁であるよりも「引く演出」の方がテーマが伝わりやすいと考え、このような形になったとのこと。また、締め切りがない=描き直しが可能ということで、執筆がなかなか先へ進まず大変だったという。「10枚やったところで、この8枚はダメじゃないか、とかやりはじめちゃって。3歩進んで1歩下がるみたいなことをずっとやりながら少しずつ前に行った」(松本)。

※「12月27日」の回は2ページのみ。セリフはなく冬休 み期間も開いていた校門が、夕方になり「ガラガラガラ…ガシャッ」と音を立てて閉まるだけなんだけど、この、門を転がす音が響き渡る校内の"カラッポ感"が素晴らしい。
※前作『ピンポン』から登場した学校チャイムの音「リーン・ゴーン・ダーン・ドーン」が本作でも随所に登場。キンコンカンコンよりも、この音の方が臨場感があって好き。
※モンスターの正体が自分自身であるというのは『鉄コン』のイタチを彷彿とさせる。
※「彼は格好よかった?」「うん」。この"うん"と言うユキの穏やかな表情は、見ているだけで涙がこぼれそうになる。松本作品を代表する"良い絵"だと思うッ!
※「GOGOモンスターは、もはやマンガとは言えない何か」(よしもとよしとも)
※この作品は日本漫画家協会賞 特別賞(01年)に輝いた。

●ナンバーファイブ吾('01)34歳

 

「この世には死をすら望む苦痛があることを教えてやる…そいつは痛みを通り越し冗談に近い。」(第2巻)
「楽しいか?マトリョーシカ。」「ふつう。」「そうか…普通か…うん。それが一番だ…お前が普通だと世界が平和に思える。」(同上)
「楽しいか?マトリョーシカ。」「楽しい。」「そうか…うん…それが一番だ。お前が楽しいと世界が輝いて見える。」(同上)
「言葉は人類がその叡智で紡ぎ上げた最高のツールだ。そう思われませんかMr.ライヒワン?私があなたの名前を知り得たのもこれによるおかげだ。言葉を介して我々は友人になれるかもしれない、もしくは反目し合うかもしれない。しかしどのような対立であっても、その主張はこのツールによってなされるべきであると私は信じています。そ� �が出来ないようであればこの星の未来はないと確信しています。輝ける星を維持するため、明るい未来へつなげるために、話し合いましょうMr.ライヒワン。」(第4巻)
「喰っとる…」(同上)
「おお…あの恒星を拝むのは、昨日の夕陽が最後と思っていた。」(第5巻)
「なぜ敵対という言葉を避けるのかね、マイク?」「互いに異なる意見があるからといって、敵対とは言いたくないのですMr.ベケット。話し合う事で分かりあえるものと信じているし、その為に言葉が存在する。」(第6巻)
「捨て去ります。」「何をだね?」「地球軍をです。(略)この組織の価値は、キャンディーバー程もない。簡単でない事は理解しています。一年や二年で成しえる事ではない。十年、二十年と費やす事になるかもしれ� ��い。何しろ爆弾や戦車はキャンディーバーのように、溶けてなくならないので。」(同上)
「今更ながらよく食べるねえ。並の人間なら致死量だよアリャ。」(同上)
「手下が身を挺して対象を守りますっ!」「構わず撃て!」(第7巻)
「種の存続を望むなら増殖率を限りなくゼロに近づける必要があるよね。人口制限が徹底されていなかった時代、人類は戦争や疫病でこのバランスを保ってきたんだ。医学の進歩や平和を訴える事が逆に人類を絶滅に近づけた事は皮肉だよね。」(同上)
「思慮を欠いた行動の先にあるものを理解した。」(同上)
「ふん。人間がどうなろうが知るか。俺は他の連中とは別の主人に仕えているのさ。」(第8巻)

『ピンポン』の試合シーンで超高速バトルを描き読者を圧倒した松本大洋がSFアクションに挑んだ傑作!松本大洋の最長作品(全8巻)。舞台は未来。傍若無人の限りを尽くす人類は、大量の動植物を絶滅させてきた。人々は崩壊した生態系を取り戻すべく、人口の制限、機械文明の規制を"新存続法"で定め、軍は地球軍に統一される。軍は人類を永続させる為に極秘裏に生命工学を発展させ、常人より飛躍的に身体能力の高い超人類を創造する。そして人造人間で構成される「国際平和隊」が創設され、彼らには高い階級が与えられた。中でも能力が優秀な9名は特別に"虹組"と名付けられ、各々、王(ワン)、仁(ツー)、惨(スリー)、死(フォー)、吾(ファイブ)、岩(シックス)、亡(セブン)、蜂� �エイト)、苦(ナイン)と、数字のコードネームで呼ばれた。虹組は個別に直属の部隊"獣(テン)"を持つ。9人は軍を嫌悪する民衆をなだめる為のマスコット的役割を引き受け、世界9ヶ所に作られた"城"から治安維持に当たっていたが、あるときNo.吾が組織を裏切り、No.王の城を襲って女を連れ出し逃亡する。すぐさまNo.吾を討伐すべく、カウントダウンの如く"苦"→"蜂"→"亡"→"岩"と順に刺客として向かうが、吾は虹組随一の狙撃の名手であり、ことごとく返り討ちにあってしまう。一体なぜNo.吾は仲間を裏切ったのか?

軍は自らの作品(人造人間)が種を残す事を最も恐れていた。種は家族を持ち、それらは社会を形成し、やがて思想を生む。それが反乱につながると考えたからだ。それ故、人造人間には生殖能 力が与えられていなかった。だが、No.吾は"女"をさらって逃走している--物語を読み進めていくうちに、No.吾の行動理由が次第に明らかにされていく。

本作品が持つ大きな魅力はNo.吾の逃走劇というアクションだけでなく、もうひとつ、No.王が持つ狂おしいまでの「生命全体への愛」にある。平和隊の長となった就任パレードで、No.王の車列が猫をはねてしまった時の行動が凄い。車から降りたNo.王は死んだ猫の体を抱き上げると、その場でいきなり食べ始めたんだ。No.王の口元が血で染まり、沿道の民衆は悲鳴を上げ、パレードのTV中継はCMに変わるが、No.王の真意を悟った者は泣きながらひざまずいた。No.王は猫を食べてあげることで、食物連鎖の中に組み込み、猫の死に意味を持たせ、事故死=無駄死にとさせなかったんだ� �そして地球軍の最高司令官を目指すNo.王は、周囲からオメデタイ夢想家と馬鹿にされながらも、世界平和の為に地球軍の廃絶を最終目標にしている。

  No.王はめちゃくちゃカッコイイぞ!!(4巻)


どのようにペンギンは彼らの子孫を持っています

【ネタバレ文字反転】
"平和"をテーマに語るのは、説教臭くなったり陳腐になる危険があり、マンガ家にとって勇気がいること。それをあえて正面から描いた作者に心底感嘆。No.王の死後も彼の意識を未来の子供たちが共有している描写があり(「あの人はいつでもいるよ。」「またあそこであおう。」)、そこにはハッキリと平和への希望がある。だからNo.王が死んでもハッピーエンドと思うし、そう信じたい。別のラストであればどうだったろう?例えば、No.王が殺されず、世界中の人々がNo.王に共鳴して武器を放棄するラストだったら?これは分かりやすいハッピーエンドになったろうけど、それではNo.仁のよ� �に「大木に茂る葉は一枚一枚全て異なるべき」と考えている者は、どんなに美しい世界でも受け入れ難いだろう。
No.吾はマトリョーシカに対し「お前を初めて見た時から、その…なんだ…」と一目惚れだったことを告白している。彼女は食べて寝て歌ってるだけで、PAPA以外は彼女が出産可能な人造人間であることを知らない。それでもNo.吾は、生命を繋ぐことが出来ることを本能レベルで感じて、彼女が輝いているように見えたのだろう。組織から追われることになっても、マトリョーシカと共に生きたかった。No.王に仕える"獣"たちと人間が交戦状態になった時、なぜ人間の側につくのか問われたNo.吾は、「俺は他の連中とは別の主人に仕えている」と答えた。No.吾が仕えていたものは「愛」だった。
ラストでNo.吾と彼� �の間に生まれた子供が出てきたのは感動的だった。生命の誕生はそれ自体が大きな希望の象徴だし、未来のNo.吾は背中にライフルを担いでおらず、狩りをする手に銃ではなく槍が握られていた。No.王の平和への想いはNo.吾が銃を手放して槍に持ち替え、その槍も戦争ではなく狩りという食物連鎖の中で使われていることで成就されている。
男女の逃避行、生命の誕生、置かれたライフル、心を繋ぐ未来の子供たち。そう、これは愛の物語なのだ。

※虹組のメンバーの本名は、No.王…マイク・フォード・デービス、No.仁…尚昆(しょうこん、スピード狂の賢人)、No.惨…カルロス(サイボーグ戦士)、No.死…アーイ兄弟(妖術使い)、No.吾…ユーリ(天才スナイパー)、No.岩…ホーク(元No.王)、No.亡…オムル(海LOVE)、N o.蜂…ロビン(怪力)、No.苦…ヒロシ(最年少、クラシック好き)
※特殊能力を持った9体の人造人間は、そのままサイボーグ009のオマージュとなっている。
※避けられぬ戦いであったとしても、No.岩の死は悲しかった。No.吾がちょっと憎らしいくらい。No.蜂やNo.苦もいい奴だったんだろうなぁ。
※野心家のビクトルでさえマトリョーシカに癒されているのがいいよね。彼もまたマトリョーシカと暮らして性格が穏やかに変わった人間の1人だ。

●花('02)35歳

 

山奥の寒村に暮らす農耕部族の一年間(秋冬春夏)を描く。村の儀式で使う仮面作りの技を、父から受け継いだ兄弟・ユキとツバキが主人公。内向的な兄のユキは面打ちの天才だが、自然界の精霊が見えることでこれに畏怖し、一歩も家� �出たことがない。一方、弟のツバキには精霊が見えず、自身が打つ面に兄の作品のような生命力が宿らないことを思い悩む。やがて、父の死をきっかけに大きな変化が2人に訪れ、ユキは外界に通じる扉に手を掛け、ツバキの瞳にも精霊が映るように--。
縦30cm×横22cmの大型本なので、本を開くと視界いっぱいに作品世界が広がり、ユキやツバキと同じ世界に身を置き呼吸している感覚になる。豊かな詩情を感じる作品だ。

※オリジナルは1998年に"劇団黒テント"の為にマンガ形式で描かれた台本。『花』の題名は斎藤晴彦がつけた。

●竹光侍('06)39歳

 


「先抜け御免!」(第1巻)
「虫ケラどもなど捨て置きなされ。それより某(それがし)の槍を貴殿にぜひ見て頂きたいっ!」(同上)
「お前さまたちはお山の新芽とよう似とる。皆に出会え良かったに。」(同上)
「苦しゅうない。御輿大三朗、些事は気にせぬ」(同上)
「正月十五日、夕刻より雪。立ち寄った飯屋、気に入ったので品書きを控えおく。茶飯十二文、御吸物五文、御雑煮三十文、刺身十五文、鍋焼き三十文」(第2巻)
「毎日お務め御苦労様って。私の為に風邪をこじらせては悪いので、これを食べて暖かくなさるように…と」「おしっ!と。おじさん、帰るわ。宗さんによろしく言ってくれな」(同上)
「今日で…しまいだね。(略)大丈夫だよ宗さん。あたしゃ慣れてんだ、こうゆう� �」(同上)
「宗一郎。これが、お勝が書く事のできる漢字、全てである」(同上)
「りーりーりーりー」(同上)
「わたくし、帯刀いたさぬ決意をしました」(第3巻)
「鬼なんぞ、この世にやいねぇよ。どれだけ非道な咎人(とがにん)でもなぁ…そりゃ人だ」(同上)
「お前さんも良く辛抱したな、与左…立派だったぜ…」(同上)
「気が塞いだらあの人の事、考えんのさ。あたしのお天とう様なのさ」(同上)
「おいっ!これはなんの真似だ、瀬能!?おめえも俺を馬鹿にするのか!?俺がどのような覚悟でおめぇと立ち合(お)うたか…!おう、瀬能っ!!俺がどのような覚悟で…(涙)」(同上)
「鳥はお山へ…」「まるで夢のようだよう」(第4巻)※逃げない駒鳥が可笑しい。
「足軽、山本 半助はこの若き近習を少し気に入った」(同上)
「いつまで降らせりゃ、気が済むかっコラ!!子らが臆しておるだろうがっ!!」(第5巻)
「森佐々太郎は泣いた。人目もはばからず、ただひたすら、しとどに…泣いた」(同上)
「己の器を知る事は不愉快なものですね、山本どの。実に堪え難い」(同上)
「そういや茂吉、奴を知っとると言うとったな」「ああ…いや…人違いだ」(同上)
「人がおらぬでさびしいとは、人がおる事を知る者の考えだら。それに我らには山がおったでな」(同上)
「しかし、山はもう何も語ってはくれぬだろうな」「なぜです?」「わたしが町の者になったからです。あれ程くさく思えた町の臭いも、今はすっかり慣れました。このような者を山は嫌います。固く閉ざし、何も語� ��ぬでしょう。わたしを受け入れてくれぬ。山はもう…」「そのような事、ないっ!!お山がそのように臍(へそ)曲りであろうはずがねぇよう。いつ宗さんが訪ねても語ってくれるにきまっとる。そうにきまっておる!!」(同上)
「法元、心良く墓所の片隅を使うよう言い、犬の為、念仏まで唱えてくれる。ヨシ坊が少し泣いた」(同上)
「おお。儂(わし)の胴と、儂の馬が…わはは、駆けてゆくわい」「いよっ大三朗、日本一っ!」(第6巻)
「こうして鳥の音(ね)に耳を澄ますとわかります。威嚇をする為に鳴いておるのか、仲間を求めておるのかが…」(同上)
「頼む十三。あのお方を奪わぬでくれ!!かけがえのないお方だ!!かわりはおられぬのだ」(第7巻)
「矢場のお勝さんの所にいり浸たってお� ��たか?しさいありていにもうしてみよ」「ヨシ坊は鼻ほじる癖が直らんのう」(同上)
「極楽という所はまるで苦艱(くかん)のない所だ、と亡き母が申しておりました。柔らかい光に包まれ、慈悲に満ちあふれておるのだと…きわめて安楽な所であるのだそうです。遺された方々の暮らしが窮する事なきよう、森様が手配して下さりますか?」「うむ。尽力いたそう」「して下さい」「はっ」(同上)
「願わくば…十三様の意に従う森佐々太郎でありとうございました」(同上)
「おお…いけねへや。めしが汚れる。めしというのだ。おれが名づけた。美しかろう。この世でいっとう美しいものの名をつけた」(第8巻)
「おれは雨が好きだ…白っちく割れた地べたが黒々と濡れると良い心持ちになる。水に生かされてる とわかる」(同上)
「みつ屋の団子をぜひにと申す我儘者(わがままもの)がおられてな!!」(同上)

『竹光侍』は江戸時代の長屋を舞台に、しみじみと人間の"情"を描いた傑作時代劇マンガ。主人公は何やら訳ありで故郷信濃から出てきた青年侍、瀬能宗一郎。彼は誰に対しても優しく、困っている人を陰でソッと助けてあげる良い男。子供好きで大の甘党だ(第1話で江戸に出るなり串団子を12本も食べている)。何にでも好奇心旺盛な宗一郎は、当初こそ"風変わりなヨソ者"として近所から怪しまれていたが、裏表のない善良さに気付いた連中はみんな宗一郎を好きになる。手習い所(私塾)で子供たちに読み書きを教え、宗一郎は下町で四季を感じつつ生きてゆく。

彼自身はほっこり穏やかに生活したいと願っているが、剣を握った時は別人格に見えるほど異様な凄味がある。剣術の腕はピカイチ� �あり、それが基で辻斬り退治、故郷からの刺客との対決と、剣を振う状況に置かれることもしばしば。とはいえ、愛刀"國房"は江戸に来てすぐ質入れしたので、差し物は竹光(竹の刀)であり人は斬れないのだが(笑)。
松本マンガといえば少年を主人公にしたファンタジーやスポ根系が多いけど、本作品は江戸時代の青年侍という異色作だ。初の原作付きでもあり、そちらを書いているのは僧侶兼漫画家の永福一成。お坊さんが原作者という点でもユニークだ。
優れたストーリーと共に『竹光侍』で特筆したいのは、独自の"絵柄"と効果的な"音"。松本大洋は輪郭を切り出すような木版画タッチの絵を得意としてきた。江戸と言えば浮世絵であり、氏の筆致は相性がバツグン!(実際、多くの浮世絵を見て勉強したとの事� �。コマの枠線が全て墨で描かれているのも前代未聞だ。また、街灯のない江戸の夜は深い闇であり、暗さのリアルな表現にこだわった作者は、本作を描き始めるにあたって一時期ロウソクで生活したという。僕は一巻の冒頭から江戸の闇夜に呑まれた。

  五ツの鐘は夜7時。江戸の夜はこのように暗い。(2巻)

そして!『竹光侍』では"音"の重要性が他作品より際立っている。「り―― り――」といった虫の音や、鶯の「オケキョ…」などの鳥の歌、猫の鳴き声など自然界の"音"が前面に出てきており、さながら音楽劇といっていいほど。現代と違って車や鉄道の騒音がない静かな江戸ゆえ動物たちの声が聞こえてくるのだろう。天候の描写も臨場感があり、この作品を読んでいる間、江戸庶民の息遣いを感 じながら、下町の長屋で一緒に生きている感覚に陥るが、それはキャラのイキイキとした表情だけでなく、周囲の音や闇から感じる臨場感も大きいと思う。宗一郎があんまり美味そうに団子を頬張るので、茶屋の場面は唾がわいて仕方がないッス(笑)。物語の随所に「深川夜五ツ(19時)」「駿河町界隈昼八ツ過ぎ(13時)」「かたぎ長屋朝四ツ(9時)」など場所と時間が書かれているのも作品世界に入りやすい。
時間の流れを感じる"間"の取り方も絶妙で、茶屋で敵の目の前に腰を下ろして、刀を抜くまでのにらみ合い(3巻P.140〜)はその白眉!2人の周囲では他の客と茶屋の娘が笑いながら雑談し、店先では2匹の猫が威嚇しあい、通りには甘酒屋の声が響いてる。こうした緊張感のある描写が10ページにわたって続く。圧巻 !


宗一郎を取り巻く連中にも情に厚い者が多い。差配(長屋の世話役)の与三衛門、目明かし恒五郎、豪傑・御輿大三朗、矢場のお勝、物知りな法元和尚、ハナタレのヨシ坊、そして誰よりも宗一郎と仲が良い隣家の子・勘吉、どのキャラも熱い血が流れている。松本マンガは敗者にも優しい視線が注がれており、一巻では宗一郎に敗れ去った新陰流師範代・磯崎弥丙太の後日談が、晩年まで2ページにわたって刻まれている。これがまた胸に染みる話で泣ける。こうしたキャラへの慈しみを感じる眼差しが、松本マンガの人気の理由だろう。
本作品では脇役にも見せ場が多く、爪弾きにされても、誇りをもってたくましく生きる人物には特に胸を打たれる。

【このキャラ� ��ココが好き〜ネタバレ文字反転】
・御輿大三朗…「苦しゅうない。御輿大三朗、些事は気にせぬ」。家人から嫌われてるのを自覚しながら生きるのは辛かろう。しかし彼は全てを笑い飛ばす。ホント、大三朗のように何でも些事と捉えて気にせず生きたい!
・矢場のお勝…「宗一郎。これが、お勝が書く事のできる漢字、全てである」…お勝の宗一郎への想いが溢れており、ここは何度読んでも落涙。息を弾ませながら手習い所に向かうお勝の明るい顔が、10日で特別授業が打ち切られることを察して「今日でしまいだね」と寂しい表情に変わるシーンが切な過ぎる。お勝が夢想する宗一郎との幻想シーンは詩情豊かで心地良い。
・勘吉…「はっ。信じてはいけねえよ、ヨシ坊。宗� ��んはいつもそんな世迷い言ばかり言っとる」。読者は第一話で勘吉と共に初めて宗一郎と出会い、彼の目を通して宗一郎を知っていく。勘ちゃんは素直で頭の良い子ゆえ、周囲への気配りでけっこう大変だったりする。残酷な若様・小早川から救出された時の心臓音「どきんどきん」はページ全体にコダマしていた。
・目明かし恒五郎…「鬼なんぞ、この世にやいねぇよ。どれだけ非道な咎人でもなぁ…そりゃ人だ」。初登場時は小物臭が漂っていたので、まさかあんなに大化けするとは。刺客・木久地の正面に丸腰で座る勇気にシビレた。彼は非業の死を遂げたが、「鬼なんぞ、この世にやいねぇよ」と言い放ったことで、木久地に人間の器の大きさで勝った!(木久地は口で言い返せないので子供のように暴力� ��応えたように思える)
・法元…「お前さんも良く辛抱したな、与左…立派だったぜ…」。法元和尚と風の与左との年季を感じる描写がめちゃくちゃ良い!恒吾郎を失った与左を気遣う法元の優しさに涙。悲しみを抱きながら気丈に振る舞う与左を、ちゃんと法元が見ていることがこの一言から分かる。理解者がいることで、どれだけ救われることか。その有難さをヒシヒシと実感した。
・風の与左衛門…「恒の四十九日が明ける前に…それまでに…野郎の首を晒してみせる。」なんと頼りになる爺さんなのか。木久地を走って捕まえたのはさすがに"風"と呼ばれるだけはある。 恒吾郎のことで与左がキセルを落とし、声もなく慟哭するシーンで、ただ黙って目を瞑っている与三の老妻も素晴らしい理解者。あの場面の虫の音はいつまでも耳の奥に響いている。
・森佐々太郎…稽古の相手にもならなかったと大泣きする佐々太郎。宗さんを斬るつもりが、徐々にその人間的な魅力に感化され、ついには「"あの方"に刃を向ける事はできませぬ」となってしまった若侍。その純粋な心は見ていて心地良い。宗さんに救出された後、背中に向かって両手をつくカットは屈指の名場面。
・大村崎十三…「お主を始末するが為に江戸へ参ったのだがな…やめた。何やらお主を崇(あが)める輩(やから)が多くてのう…気概も失せた。斬れ」。最初は宗さんの両親を殺害した憎き敵だった十三 。だが次第に十三なりにお家のことを真剣に考えていたことが分かってきた。散り方も筋を通していた。"人知れずその夜、大村崎十三は自刃した。介錯人も見届人もなく、息絶えるまで長らく苦しみ抜いた"。
・木久地真之介…木久地は悪党だけど、宗さんとの初対決時に「おめえも俺を馬鹿にするのか!?」と見せた涙に胸を締め付けられた。セリフが"おめえは"でなく"おめえも"だったことから、そこに彼の深い孤独を感じた。傷付いた木久地を見ている茶屋の娘(みっちゃん)の目だけで彼はただの殺し屋ではなくなった。善人だけでなく悪役にも救いがあることが、この作品の読後感を良いものにしている。最期に回想したのは"お父(ど)"と"お母(が)"。まっこと、名場面が多すぎ!

『� ��コン筋クリート』から十余年、『竹光侍』では劇的に作風が変化しており、マンガ家はどこまでも進化できると作品が証明している。これほどスタイルを自由に変え、表現のレンジが広がっていく漫画家は少ないだろう。他のクリエイターにとっても「音」の大切さを教えてくれる作品になると思う。

※掛札(掲示板)、迷子石(迷子の保護所)など、読んでるだけで江戸文化に詳しくなれるのもいい。ちなみに「下りものの良い酒がある」というのは兵庫・灘から江戸に"下って"きた辛口淡麗酒のこと。この酒の美味しさを強調する為に、関東の酒は下っておらずイマイチという"くだらない"の語源となった。
※僕は彼が「はいっ!」と答える度に何かが浄化されるのを感じる。
※江戸の色んな地名が出てくるの� �、東京に住んでいたら土地勘があってもっと作品世界を味わえるだろうな〜って、ちょっと都民が羨ましい。
※勘吉はマジで良い子。世の中の汚れた部分を見ずに生きて欲しい。
※松本先生、お勝さんを幸せにしてやって下さい。そして、勘吉の親父が二度と博打をしませんように。
※このマンガを読んでいると無性に団子が食いたくなるね(笑)。
※國房への未練がなんだか可愛いくて微笑ましい。
※07年文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。
 (3巻)
『竹光侍』はビッグコミック・スピリッツに連載された松本大洋の最新作!

〔追記〕
※松本マンガでよく登場するセリフ5選は、「あらら」「むーん」「ウフフフ、クスクス」「ハッ」「ンッンンー♪」。あと、☆マークの服や� ��物をよく身につけているね〜。



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